大阪高等裁判所 平成8年(ネ)555号 判決 1998年8月28日
奈良県吉野郡下市町大字仔邑二二一二番地
控訴人(原告)
大川正智
右訴訟代理人弁護士
吉利靖雄
右補佐人弁理士
大和田和美
奈良県北葛城郡広陵町大字南字井殿一七八番地
被控訴人(被告)
株式会社若草食品
右代表者代表取締役
上杉幸作
広島市佐伯区皆賀一丁日二番二〇号
被控訴人(被告)
株式会社寿食品工業
右代表者代表取締役
山本克二
右両名訴訟代理人弁護士
藤田邦彦
右補佐人弁理士
森本義弘
同
笹原敏司
同
原田洋平
主文
一 本件各控訴を棄却する。
二 控訴費用は控訴人の負担とする。
事実及び理由
第一 控訴の趣旨
一 原判決を取り消す。
二 被控訴人らは、別紙目録記載の物件を製造し、販売してはならない。
三 被控訴人らは、その所有する別紙目録記載の物件を廃棄せよ。
四 被控訴人株式会社若草食品は、控訴人に対し、六〇〇万円及びこれに対する平成四年四月九日から完済まで年五分の割合による金員を支払え。
五 被控訴人株式会社寿食品工業は、控訴人に対し、六〇万円及びこれに対する平成四年六月二三日から完済まで年五分の割合による金員を支払え。
六 訴訟費用は第一・二審とも被控訴人らの負担とする。
七 仮執行宣言
第二 事案の概要
(以下、控訴人を「原告」、被控訴人を「被告」と略称する。)
一 争いのない事実等(証拠による認定事実は末尾に関係証拠を掲記した)
1 原告は大川商店なる商号で食品の製造販売を業とする者であり、被告らは食品の製造販売を業とする会社である。
2 乾慶治は、次の特許権(以下「本件特許権」といい、その特許発明を「本件特許発明」という。)を有していたが、原告は、平成三年九月二四日、乾慶治から本件特許権の譲渡を受け、同年一一月一八日その移転登録をした。
(一) [特許番号 第一一八八九〇三号
(二) 発明の名称 繊維状団結コンニャク食品及びその製造方法
(三) 出願日 昭和五六年三月二三日
(四) 出願番号 五六一〇四三四七〇号
(五) 出願公告日 昭和五八年五月七日
(六) 出願公告番号 五八一〇二二一八五号
(七) 登録日 昭和五九年二月一三日
3 本件特許発明の特許出願の願書に添付した明細書(以下「本件明細書」という。)の特許請求の範囲の記載は次のとおりである。
(一) 濃アルカリ性の芯部外周に希アルカリ性の表面層を有するコンニャク糸条が、その表面層を相隣接するコンニャク糸条の表面層に接着され、かつ、各コンニャク糸条は繊維状態を保持して一体的に団結されてなることを特徴とする繊維状団結コンニャク食品(以下「本件発明」という。)。
(二) コンニャク原料粉を水もしくは湯に浸漬して膨潤する工程と;該膨潤した原料粉を適量のアルカリ及び水と共に撹絆混練し混合糊状物を得る工程と;該混合糊状物をノズルを介して押出し糸条に成形すると共に、この押出成形された素コンニャク糸条を、該糸条のアルカリ濃度よりも弱アルカリ性に調整した湯中に導き、該湯中に短時間保持して芯部のみを凝固せしめた半硬化コンニャク糸条を得る工程と;該半硬化コンニャク糸条を直ちに冷却する工程と;冷却保持した上記半硬化コンニャク糸条を向きをそろえて重合せしめると共に、適宜加圧の下にその相接する表面層を互いに接着せしめて団結する工程と;該団結したものを弱アルカリ性に調整した湯中に浸漬保持し、その半硬化コンニャク糸条の表面層を凝固せしめると共に仕上げる工程とからなることを特徴とする繊維状団結コンニャク食品の製造方法
(別紙「特許公報」参照)
4 本件発明はコンニャク食品に関するもので、その構成要件は次のとおりに分説される。
(一) 濃アルカリ性の芯部とその外周に希アルカリ性の表面層を有するコンニャク糸条からなること
(二) 各コンニャク糸条の表面層は相隣接するコンニャク糸条の表面層に接着されていること
(三) 各コンニャク糸条は繊維状態を保持しつつ一体的に団結されていること
(四) 繊維状団結コンニャク食品であること
5 本件明細書には、本件発明の目的効果について、次のとおり記載されている(甲二)。
「本発明は、従来の団子状一体物からなるコンニャク食品とは形態が異なり、あたかも糸コンニャクを多数結束重合せしめた如き断面構造を有する新規なコンニャク食品に関するものであり、その目的とする処は、食感、歯ざわりに優れ、煮炊時には煮汁をよく含浸して美味しく、同時に食生活にバラエティを与える食品を提供せんとするものである。」(二欄五行から一二行まで)。
6(一) 被告株式会社若草食品(以下「被告若草食品」という。)は、少なくとも平成三年一一月一八日以降、「ねじり糸こん」、「新こん生活」、「板場さん」等の商品名でねじり糸コンニャク食品を業として製造販売している。
(二) 被告株式会社寿食品工業(以下「被告寿食品」という。)は、少なくとも平成三年一一月一八日以降、「つなこん」等の商品名でねじり糸コンニャク食品を業として製造販売している。
(以下、被告らの製品を併せて「イ号製品」という。)
二 原告の請求
原告は、被告らによるイ号製品の製造販売は本件発明を侵害するものであるとして、特許法一〇〇条に基づき被告らに対しイ号製品の製造販売の差止とイ号製品の廃棄を求めるとともに、民法七〇九条に基づく損害賠償として、被告若草食品に対し六〇〇万円とこれに対する平成四年四月九日(訴状送達の日の翌日)から、被告寿食品に対し六〇万円とこれに対する平成四年六月二三日(同)から、いずれも民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。
三 争点
1 本件発明の技術的範囲
とりわけ、前記構成要件のうち、「(一)濃アルカリ性の芯部とその外周に希アルカリ性の表面層を有するコンニャク糸条からなること」の意義
2 イ号製品の特定(構成要件)
3 イ号製品は本件発明の技術的範囲に属するか。
4 原告の損害額
第三 当事者の主張
一 原告
1 イ号製品の特定
イ号製品の内容は別紙記載のとおりであり、その構成を分説すれば、次のとおりである。
(一) 濃アルカリ性の芯部と希アルカリ性の表面層を有する約五〇本の概ね直径二mmのコンニャク糸条からなること
(二) 各コンニャク糸条の外周の表面層は相隣接するコンニャク糸条の外周の表面層と接着されていること
(三) 各コンニャク糸条が繊維状態を保持しつつ一体的に団結されて概ね口径二cm、長さ五cmをなすこと
(四) ねじり糸コンニャク食品であること
2 イ号製品と本件発明との対比
(一) イ号製品の構成は本件発明の構成と同一であり、すべてを充足する。
(二) 本件発明における「濃アルカリ性」「希アルカリ性」とは水酸化物イオン濃度(pH値)の濃・希をいい、コンニャク糸条中の水酸化カルシウム分の濃・希をいうものではない。同じ濃度の水酸化カルシウム溶液でも温度が上昇すればpH値は低下する。
温度換算をせずその時々の所与の温度におけるコンニャク糸条の芯部のpH値と外周部のpH値を比較し、両者のうち相対的にpH値の高い方を「濃アルカリ性」、相対的にpH値の低い方を「希アルカリ性」とすることによってアルカリ性の濃・希は決せられる。
(1) イ号製品の製造工程は次の通りである。
<1> 常温のコンニャク糊を七〇℃のプラント湯水に投入する。
<2> 投入後遅くとも五一・二五秒経過後では、コンニャク糸条が繊維状団結コンニャク食品の形状を形成している(形成加工過程)。
<3> 投入後五六秒経過時では、繊維状団結コンニャク食品の各コンニャク糸条の芯部は六五℃であって、プラント湯水の温度より五℃低く(甲二一)、「糸条コンニャクの芯部のpH>糸条コンニャクの外周部のpH>プラント湯水のpH」なる関係が存続している(甲二六第一二頁)。
<4> すでに形状が完成した繊維状団結コンニャク食品は雑菌を滅菌して、成分のコンニャクマンナンが腐敗するのを防止するため、三分三四秒間炊きあげられた後、適当な長さに裁断される(保存加工過程)。
<5> 水酸化カルシウムが添加されていない真水が満たされた包装袋に封入される(出荷加工過程)。
従って、繊維状団結コンニャクの形状が形成される前の「コンニャク用糊」の温度が「プラント湯水」の温度と同一になることはなく、また、「プラント湯水」のpHが形状が完成する前の「コンニャク糊」のpHより高くなることもない。また、出荷加工過程において、真水(pH七)に満たされ、袋詰めにされた繊維状団結コンニャク食品の一本一本のコンニャク糸条の外周部のpHが芯部のpHより高くなることもない。
(2) イ号製品の各コンニャク糸条全部を実際に測定すると、その芯部と外周部の各水酸化物イオン濃度(pH値)には明確な濃・希の差異が存在する。すなわち、
日色博士報告書(甲二四)では、六五本のコンニャク糸条の全てにつき、外周部のpHが芯部のpHより低く、その差異は平均〇・〇七六であった。また、砂原博士報告書(甲二五)では、五八本のコンニャク糸条の全てにつき、外周部のpHが芯部のpHより低く、その差異は平均〇・〇六八であった。
この現象は、繊維状に団結しているコンニャク糸条の間の相互に空隙があり、製造時にプラント湯水がコンニャク糸条の隙間に侵入するとともに保存時にも保存液が隙間に侵入し、よって各コンニャク糸条の外周部のpHは芯部のpHより低くなっていると判断される。
(3) 本件発明に係るコンニャク食品は、製造完了時において、すでに芯部と外周部の二層構造を形成し、かつ、芯部と外周部でアルカリ濃度に明確な濃・希の差を有するものである。すなわち、
コンニャクマンナンは多数の複雑な糖鎖を有する高分子化合物であり、コンニャク糸条はこのコンニャクマンナン分子が均一に分布する構造ではなく、いわば、複雑多岐にわたる網目構造をなしている。直径2mmのコンニャク糸条でも、芯部と外周部のゲル化速度が異なるため、コンニャクマンナン分子の網目構造に差異が生じ、この網目構造のコンニャク糸条はゲル化の進行に伴って、濃度勾配による水酸化物イオンの流動化に制約を受け、ゲル化速度が早い部分と遅い部分とでは水酸化物イオン濃度が相違し、アルカリ濃度差が発生する。このアルカリ濃度差が発生した後に遅れてコンニャク糸条のゲル化が終了するので、水酸化物イオンが閉じこめられて、芯部と外周部のアルカリ濃度差が残留し続ける。これが二層構造の発生原理である。
(4) イ号製品が右のような二層構造を有していることは、位相差顕微鏡や光学顕微鏡による観察の結果からも明らかである。
3 原告の損害額
原告が本件特許権の移転登録をした平成三年一一月一八日から平成四年二月一七日までの三ヶ月間に、被告若草食品がイ号製品を販売した総額は三〇〇〇万円、被告寿食品がイ号製品を販売した総額は三〇〇万円をそれぞれ下らず、販売利益は被告若草食品が一二二四万円、被告寿食品が二四〇万円を下らない(甲三六)から、原告は右販売利益のうち、被告若草食品については六〇〇万円、被告寿食品については六〇万円を本件発明の侵害による損害賠償として請求する。
二 被告ら
1 イ号製品の構成は、次のとおり分説すべきである。
(一) 芯部を有せず、中心部と表面層とのアルカリ濃度が同一か、又は中心部が希アルカリ性で表面層が濃アルカリ性であるコンニャク糸条からなること
(二) このコンニャク糸条がねじれあいながら、相隣接するコンニャク糸条の表面層に接着し、
(三) 複数本のねじれあったコンニャク糸条がロープ状となって団結した
(四) ねじり糸コンニャク食品であること
2 イ号製品と本件発明とを対比すると、次の点に相違がある。
(一) 本件発明では各コンニャク糸条が独立した芯部を有しているが、右芯部は物の中心の固い部分を指すのであって、単に水酸化物イオン濃度(pH値)の差ではない。
一方、イ号製品は、製造工程でも製品状態でも各コンニャク糸条が独立した芯部を有するものではない。すなわち、イ号製品の製造方法において、回転するノズルから多数のコンニャク糸条が押し出されてロープ状に絡まるのはプラント湯水に入ってから一秒間程度である。コンニャク糸条の芯部に完全に熱が伝わるのには約一分間程度かかり、その熱は表面から芯部に伝わるので、イ号製品において芯部が先に形成されることはあり得ない。しかも、イ号製品の製造工程におけるプラント湯水の水酸化カルシウムの濃度は過飽和であってコンニャク糊の同濃度より濃いから、コンニャク糸条の外周部がプラント湯水によって希釈化されることはあり得ない。
(二) 本件発明では、各コンニャク糸条が濃アルカリ性の芯部外周に希アルカリ性の表面層を有するのに対し、イ号製品は、各コンニャク糸条の中心部と外周部のアルカリ濃度が同一か、又は本件発明とは逆に中心部が希アルカリ性で外周部が濃アルカリ性である。
仮に原告の主張するような濃度勾配がある場合には、拡散現象によって濃度は均一になるから、濃・希の差があっても時間が経てば各コンニャク糸条の中心部と外周部のアルカリ濃度は同一になる。原告も従前はこのことを認めていた。
原告はアルカリ性の濃・希とはpH値の差であると主張するが、本件明細書の記載では「希アルカリ」と「弱アルカリ」とを区別しているから、濃アルカリと希アルカリというのは溶液のアルカリ分の濃度と解する他ない。同じ濃度でも温度が変化するとpH値と濃度とは対応しなくなる。
イ号製品の製造方法では、ノズルから押し出された糊状の各コンニャク糸条はプラント湯水の中で一秒程度でロープ状になり、以後はロープ状になったコンニャク全体の外周部がプラント湯水に接触するにすぎないから、一秒後にはプラント湯水の熱は直径約二〇mmのロープ状のねじりコンニャク全体の外周から内部に向かって伝わることになり、約一分後に原告の主張するようなpHの関係は成立しない。
(三) 被告らは、原告の主張する二層構造のコンニャク食品を製造していないし、製造工程中の中間生産物としても二層構造のものは生産されない。
(四) 本件の特許請求の範囲の記載にはアルカリの濃・希の程度や芯部と表面層の範囲など意義の不明確な事項が存在するので、その意義を解釈するため本件特許権の出願経過などを参酌する必要がある。
本件特許発明については、当初の出願に対し、本件発明は、<1>出願前国内において頒布された公報「多孔性のこんにゃくとその製造装置」(特開昭五五-六八二六四号)にすでに記載されていること(特許法二九条一項三号)、<2>明細書の記載中、コンニャク糸条を弱アルカリ性の湯中に短時間保持することにより芯部のみが凝固するとの化学的原理の説明が不備であること(同法三六条四項・五項)、との理由で拒絶通知がされたため、出願人は、特許請求の範囲1の記載を現在のように補正した経過がある。
(五) 先行技術の存在
(1) 本件発明の構成のうち「その表面層を相隣接するコンニャク糸条の表面層に接着され、かつ、各コンニャク糸条は繊維状態を保持して一体的に団結されている」との要件は、前記公報に記載の多孔性こんにゃくの構成と共通する。また、右公報に記載された多孔性こんにゃくの製造方法からは芯部が濃アルカリ性で表面層が希アルカリ性になることは当業者であれば容易に推考できる事項である。
(2) 昭和五五年一〇月三日出願公開の「綱状こんにゃくの製造方法及び装置」(特開昭和五五-一二七九七〇号)の公報には、回転パイプでねじられた綱状こんにゃくの側面に五〇ないし六〇℃のスチームをかけながら接着させる製造方法、及び同時に複数本の綱状こんにゃくの押出しもできることが記載されているから、綱状こんにゃくの表面層が蒸気によって希アルカリ性となり、各糸条が繊維状態を維持して一体的に団結してなることはすでに公知である。
第四 争点に対する判断
一 本件発明の技術的範囲
1 本件発明の構成(一)にいう「濃アルカリ性」「希アルカリ性」の意義
(一) 本件発明の特許請求の範囲には「濃アルカリ性」「希アルカリ性」なる用語があるが、その裏付けとなるべき本件明細書の発明の詳細な説明中には「濃アルカリ性」「希アルカリ性」なる用語は使用されておらず(むしろ「弱アルカリ性」なる用語が使用されているが、「希アルカリ性」との差異についての説明はない)、実施例に相当する記載もないため、その技術的意味は一義的に明確とはいえない。
(二) 発明の詳細な説明中には、「石灰分を充分に含有した芯部」(四欄四一行から四二行まで)、「表面層は・・・石灰分が希釈化され」(四欄四三行)なる文言が使用されていることからすると、石灰分(水酸化カルシウム分)の濃・希と解する余地もあるが、特許請求の範囲にはアルカリ性物質を石灰分に限定する記載はないから、右のように解釈することはできない。
(三) 芯部とは物の中心にある固い部分を指すのが一般の語法であるが、甲四五によれば、一般にコンニャク食品は原料に水とアルカリ性化合物を加えて加熱すると凝固(ゲル化)する性質を利用して製造されるところ、発明の詳細な説明中のコンニャク食品の製造工程に関する記載によれば、本件発明において芯部が形成される過程は次のとおりである。すなわち、
<1> コンニャク原料に水を加えると膨潤した糊状になり、これにアルカリを配合して混合糊状物を生成する。
<2> これをノズルを介して押し出すことによって多数の細径素コンニャク糸条を成形し、これを右糸条のアルカリ濃度よりも弱アルカリ性に調整した湯の貯留槽に導入する。
<3> 湯中にコンニャク糸条を浸漬することにより、右糸条の表面層のアルカリ濃度は湯により希釈化され、表面層のアルカリ濃度が芯部のアルカリ濃度より薄くなる。このアルカリ濃度差により芯部が表面層より先に凝固し始めるが、湯中への浸漬を一分間程度の短時間内とすることにより、芯部のみを凝固させた半硬化コンニャク糸条を得ることができる(この点が従来技術にない新規な技術とされている)。
<4> 湯の貯留槽の適温は七〇ないし七五℃の範囲が好ましく(三欄二八行)、pH値は10ないし11・5の範囲、更に好ましくは10ないし11が適当である(三欄三六行から三七行まで)。
pH10以下では素コンニャク糸条の表面層のみならず芯部までも石灰分が希釈化されて半硬化状態が得られず(全体が未硬化状態となる)、pH11を超えると芯部のみならず表面層まで凝固が促進されて後の加工工程によっても接着が困難となり(表面が製品状態に近くなる)、pH11・5を超えると石灰分過多の場合と同様に硬化し過ぎて糸切れを起こし易く使用に耐えないからである(三欄三八行から四欄三行まで)。
<5> 半硬化状態となったコンニャク糸条は直ちに冷水を貯留した槽に移送され、この急冷処理により凝固の進行が停止される。
<6> その後、右コンニャク糸条を重合堆積し、上方から加圧して数時間ないし数十時間保持することによって、未凝固の表面層が互いに接着し、各糸条が原形を保持しつつ一体的に団結する。
右製造工程に関する説明、とりわけ、「素コンニャク糸条のアルカリ濃度よりも弱アルカリ性の湯中に素コンニャク糸条を浸漬する」(三欄一七行から一九行まで)、「素コンニャク糸条の表面層のアルカリ濃度が湯により希釈化され、該表面層のアルカリ濃度が芯部のアルカリ濃度よりも薄くなる。」(三欄一九行から二一行まで)との記載に照らすと、特許請求の範囲にいう「濃アルカリ性」「希アルカリ性」とは、コンニャク糊を凝固させる働きを持つ水酸化物イオンの濃度を意味するものと解するのが相当である。
2 「濃アルカリ性」「希アルカリ性」の濃・希の差異
特許請求の範囲にはもとより発明の詳細な説明中にも、本件発明にかかるコンニャク食品のアルカリ性の濃・希がどの程度のものであるかに触れた記載はないが、前記のようにそれがコンニャク食品の硬化した芯部とその外周部の半硬化した表面層とを区分するものである以上、アルカリ性の濃・希にはそれに対応した有意な差異がなければならず、単に差異があるというに止まるものであってはならないと解すべきである。
3 「芯部」と「表面層」の二層構造
本件明細書の第2図(断面図)には各コンニャク糸条10に芯部aと表面層bが二層に形成されていることが図示され、発明の詳細な説明中にも二層構造を前提とする記載、すなわち「アルカリ濃度差により芯部が表面層より先に凝固し始める」(三欄二二行から二三行まで)、「pH10以下の場合では素コンニャク糸条の表面層のみならず芯部までも石灰分が希釈化され」(三欄三八行から四〇行まで)、「芯部のみが凝固して表面層が未凝固の接着力に富む所期の半硬化コンニャク糸条」(四欄三行から四行まで)などの記載があること、そして、半硬化コンニャク糸条が生成される製造工程が前記のとおりであることからすれば、本件発明は「芯部」と「表面層」との二層構造をその構成要件とするものと認めることができる。
4 以上に検討したところによれば、本件発明における構成(一)の技術的意義は、各コンニャク糸条が凝固した芯部と半凝固状態(ただし、成形過程の一時的状態)にあった外周の表面層との二層構造を有し、かつ、芯部はアルカリ性化合物の濃度が濃く、したがって水酸化物イオン濃度が大きく(アルカリ性が強く)、表面層はアルカリ性化合物の濃度が薄く、したがって水酸化物イオン濃度が小さい(アルカリ性が弱い)というイオン濃度における階層構造を形成していることにあると認めるのが相当である。
二 本件発明の構成(一)とイ号製品の構成との対比
1 被告らは、イ号製品においては、各コンニャク糸条が芯部を有さず、したがって二層構造をなしておらず、かつ、中心部と表面層とのアルカリ濃度は同一か、又は逆に中心部が希アルカリ性で表面層が濃アルカリ性であると主張して、イ号製品が本件発明の構成(一)を充足することを否定している。
そこで、以下、本件発明の構成(一)が有する前記技術的意義に対応して、イ号製品の構成を検討することとする。
2 まず、イ号製品が二層構造を有するか否かにつき検討する。
(一) 証拠(甲二四、二五、乙一七、二四、四六)及び弁論の全趣旨によれば、イ号製品の製造工程は次のとおりであることが認められる(別紙図面参照)。
(1) コンニャク原料粉に水を加えて膨潤させた上、水酸化カルシウムを混合して攪拌する。
(2) そのコンニャク糊を回転ノズルからプラント湯水槽に押し出すことによって直径約二mmのコンニャク糸条を生成し、かつ、それを複数本ねじり合わせて直径約二cmのロープ状に成形した上、それを長さ約一〇〇m・温度七〇℃のプラント湯水槽内を高速(秒速三七cm)」で移動させることによって凝固させる。
(3) コンニャク糸条が回転ノズルから湯水槽に押し出されてから、ねじられてロープ状になるまでの間は約一ないし二秒間であり、その間湯水槽を通過することによって熱を受けた表面が半凝固・状態となり各糸条が相互に接着できる状態となる。
(4) なお、右湯水槽内の水酸化カルシウムは過飽和状態に維持されている。
(二) 右のように、イ号製品においては、各コンニャク糸条がロープ状に成形される以前に湯水槽の熱を受ける時間は極めて短時間であるから、個々のコンニャク糸条が表面に等しく熱を受ける時間は短く、その後ロープ状となってからは、個々のコンニャク糸条の表面が熱を受ける条件・程度はそれぞれに異なるものと認められる。
従って、右製造方法による限り、イ号製品において、各コンニャク糸条がそれぞれ等しく芯部と表面層という二層構造を形成しうる機序は乏しいとも窺われる。
(三) 一方、証拠(甲四九の一・二、五五ないし五七、六一ないし六三)によれば、イ号製品のコンニャク糸条断面を位相差顕微鏡で観察した結果、芯部と外周部との接界面近傍に密度差に由来する暗線状顕微鏡像が確認され、同糸条薄片の染色試験を実施した結果でも、染料の浸入量は芯部と外周部とでは差があり芯部の方が外周部より少ないこと、右各結果により同糸条は芯部の密度が外周部より高いことが確認されたこと、また、イ号製品のコンニャク糸条断面(厚さ〇・〇四mmないし〇・一mm)を光学顕微鏡による斜光照明法及び微分干渉顕微鏡で観察した結果によっても、外周部と中央部とを区分する接界面が確認されたことが認められる。
右観察結果は、イ号製品のコンニャク糸条には芯部と外周部との接界面があり、それが密度の差によって生じていることを示すものということができる。
そして、右芯部と外周部との密度の差をもたらした原因について、右位相差顕微鏡による観察を行った工学博士稲垣博(京都大学名誉教授)は、「(ア) コンニャク糸条は外周部が大量の湯水にさらされることにより、外周部のアルカリ成分濃度と主成分グルコマンナン濃度が急速に低下する。(イ) 次に高温下での凝固反応が進行した場合、外周部では前記二様の濃度が芯部のそれらに比して低いから、完成されたコンニャク糸条の外周部には芯部に比して低い密度のスキン(表面層)が生成し、二層構造が形成される。(ウ) このような構造は芯部のアルカリ濃度と主成分グルコマンナン濃度が外周部のそれらより高いことにより発現するものであり、それ以外の発現機構は考えがたい。これを「OH-」イオン濃度、即ちpH値に着目して論じるならば、各コンニャク糸条の形成される過程にあっては、芯部のpH値が外周部のpH値より顕著に高くなければ、このような二重構造は発現せず、また、各コンニャク糸条間の団結性も発生しないことになる。(エ) この推論の妥当性は、製造後かなり長期に保存された各コンニャク糸条の芯部のpH値が外周部のpH値より高いという有意差を示す測定結果によって明らかに裏付けられる。」旨の意見を述べている(甲四九の一)。
右意見は、アルカリ濃度及びグルコマンナン濃度の高いコンニャク糊とアルカリ濃度及びグルコマンナン濃度の低い湯水とが接触することにより、コンニャク糊の外周部から湯水中へとアルカリ成分及びグルコマンナン成分が移動する(但し、グルコマンナン成分の移動量はアルカリ成分の移動量に比べると僅少である。甲四九の一参照)結果、密度差が生じることを意味するものと解される。
従って、右各観察結果は、イ号製品の各コンニャク糸条が、相互に接着する前に各糸条毎に湯水槽内の水酸化カルシウム溶液(プラント湯水)と接触することによって各糸条のアルカリ濃度及びグルコマンナン濃度に変化が生じる余地があり、かつ、プラント湯水のアルカリ濃度(pH値)がコンニャク糸条のアルカリ濃度より低いことを前提とするものである。
(1) そこで、右各前提につき検討するに、甲二四によれば、イ号製品のコンニャク糸条を断面からみると、各糸条間には空隙があって、右空隙によって各糸条が繊維状態を維持することができ、その結果、製品として完成後も各糸条毎に分離することが可能となっていることが認められる(完成品を各糸条に分離できることは争いがない)。
右の空隙は、前記製造工程から明らかなように、イ号製品のコンニャク糸条がノズルから湯水槽に押し出された後、直ちにねじられるまでの一ないし二秒間に形成され、その短時間内に右空隙に湯水槽の水酸化カルシウム溶液を貯留し保持することによって生成されるものと考えられるから、それにより各糸条のアルカリ濃度及びグルコマンナン濃度に変化が生じる余地はあるということができる。
しかし、その変化は傾斜的に生じうることが考えられるのであって、はたして断層的、二層構造に生じうるかは、前記工学博士稲垣博の意見以外に、その理化学的証明はない。
(2) 次に、コンニャク糸条とプラント湯水とのアルカリ濃度の差についてみるに、甲二六によれば、
<1> イ号製品のうち被告若草食品のコンニャク糸条はその中和滴定数から推定されるpHが一二・二五三(二五℃)であり、そのプラント湯水のpHが同じく一一・四二二(六五℃)であること、同コンニャク糸条の温度毎のpH値の変化は、
三〇℃で一二・一五九
四〇℃で一一・九八五
五〇℃で一一・六四一
六〇℃で一一・四九〇
であるから、少なくとも同コンニャク糸条の温度が六〇℃を超えるまではそのpHはプラント湯水のpHより高いことが認められる。
<2> 同様に、イ号製品のうち被告寿食品のコンニャク糸条はその中和滴定数から推定される調が一二・一六一(二五℃)であり、そのプラント湯水のpHが同じく一一・一五四(七〇℃)であること、同コンニャク糸条の温度毎のpH値の変化は、
三〇℃で一一・九二一
四〇℃で一一・七二九
五〇℃で一一・五六二
六〇℃で一一・二七三
六五℃で一一・一八三
であるから、少なくとも同コンニャク糸条の温度が六五℃を超えるまではそのpHはプラント湯水のpHより高いことが認められる。
そのため、たとえ各プラント湯水中の水酸化カルシウムが過飽和であって(乙一七、二四参照)、水酸化カルシウム自体はコンニャク糸条からプラント湯水中に溶け出すことがないとしても、水酸化物イオンに関しては、被告若草食品のコンニャク糸条では芯部が六〇℃に達するまで、また、被告寿食品のコンニャク糸条では芯部が六五℃に達するまでは、少なくとも各糸条のpHが各プラント湯水のpHより高い関係が維持されるため、水酸化物イオンはpHの低い方へ、すなわち、コンニャク糸条からプラント湯水へと移動するものと認められるから、アルカリ濃度に関しては前記前提を充たしているものということができる。
(四) 以上の事実からすると、一応、イ号製品も芯部と表面層の二層構造を有するともいい得るところである。
しかし、右に観察されたコンニャク糸条の試料はイ号製品を構成するコンニャク糸条のごく一部であってその全てではない(後記のアルカリ濃度測定のように、イ号製品を各コンニャク糸条に分離してその全ての本数について観察をしたものではない)上、甲六三に添付の写真8から窺われるように、各糸条が相互に接着している部分にもはたして芯部と表面層という二層構造が形成されていたのかは疑問がある(同写真でみる限り、二本のコンニャク糸条が接着している部分には二層構造は形成されていないとも見うる)から、右観察結果のみでイ号製品の各コンニャク糸条がすべて二層構造を有するとまでいうには必ずしも十分ではない。
3 次に、イ号製品の芯部と表面層のアルカリ濃度について検討する。
(一) 証拠(甲二四、二五)によれば、
(1) 理学博士日色和夫(神戸女子短期大学教授)が極微小複合電極を用いて被告若草食品のイ号製品の芯部と表面層の各pHを測定した結果、各コンニャク糸条六五本の全てにつき外周部のpHが芯部のpHより低く、その差異は〇・一四七ないし〇・〇三九の範囲にありその平均は〇・〇七六であったこと、外周部のpHは一一・六〇七から一一・六八九の範囲内にあったこと(以下これを「日色測定」という。)
(2) また、理学博士砂原広志(近畿大学教授)が極微小複合電極を用いて被告寿食品のイ号製品の芯部と表面層の各pHを測定した結果、各コンニャク糸条五八本の全てにつき外周部のpHが芯部のpHより低く、その差異は〇・一四九ないし〇・〇一八の範囲にありその平均は〇・〇六八であったこと、外周部のpHは一一・七一七から一一.七九七の範囲内にあったこと(以下これを「砂原測定」という。)が認められる。
(二) ところで、右各測定は、次のような方法によるものであった(甲二四、二五、四八、検甲三)。
(1) 日色・砂原両測定において用いた測定器は、先端にガラス電極を内蔵するとともに先端よりやや上側の外周部に比較電極を内蔵したpH電極である。
両測定とも、イ号製品を各コンニャク糸条一本ずつに分離した上、芯部を測定する際には、pH電極の先端部をコンニャク糸条にほぼ直角に挿入し比較電極部も右糸条の内部に位置するようにし、外周部を測定する際には、pH電極を傾斜させて先端部のみをわずかに右糸条内に挿入し比較電極部は右糸条の外周部に接触させて測定したものであつた。
(2) 極微小複合電極(pH電極)は、先端部の直径が〇・七五mm、比較電極部を加えたガラス管全体の直径が一・二mm、先端突出部の長さが一mmである。pH電極の先端部は半球状ガラス薄膜に覆われ、比較電極部も曲面状ガラス薄膜に覆われているが、pHの測定のためには先端部のガラス電極から比較電極までの電気的導通経路が確保されれば足りるので、ガラス電極の先端点と比較電極が同時に測定試料に接触していれば測定には必要にして十分である(甲四八)。
(三) 従って、日色・砂原両測定とも、測定方法は正確で測定結果は採用すべきものと認められる。
(四) しかし、いずれの測定(平成五年一一月九日、同月一五日)も、イ号製品の各コンニャク糸条の芯部と外周部との接界面がどの位置にあるかを意識することなく(そもそも、前記のような位相差顕微鏡や光学顕微鏡(斜光照明法)などを用いて前記接界面のあることが判明したのは右各測定後(位相差顕微鏡によるものは、平成八年七月一六、一七日、光学顕微鏡によるものは平成九年一〇月九日から一七日まで)のことであった。甲四九の一・二、六二、六三参照)、目測で芯部と外周部とを大まかに区分して測定しているにすぎないため、芯部はともかく、外周部については、測定者が任意に各糸条の外周部と判断した位置にpH電極の先端点を挿入したにすぎず、それが各糸条の表面からどの程度内部に進入した位置かは明らかではない。
従って、前記(一)で測定された外周部のpH値が、前記2(三)で観察された接界面で芯部と区分された意味での「表面層」のpH値を正確に測定したものであるとはにわかに断定することができない。
右接界面がイ号製品のコンニャク糸条の外周から何mm内側に位置するのか、すなわち「表面層」の厚みがどの程度であるかは前記の観察結果によっても明らかではなく、そのため、日色・砂原両測定が、後に明らかになった右接界面の内部、すなわち「芯部」の一部を外周部として測定した可能性を否定することができないからである。
仮に右両測定が外周部として測定した位置が「芯部」であったとすれば、「芯部」中にもpH値の異なる部分があることになるとともに、「表面層」のpH値は明らかでないこととなって、イ号製品についてはアルカリ濃度の濃・希の区分ができず、結局、本件発明の構成の一つである「芯部」が濃アルカリ性で「表面層」が希アルカリ性という構成をイ号製品が有しているとまでは判定し難いこととなる。
(五) のみならず、アルカリ濃度の本体である水酸化物イオンは、濃度平衡の原理により、pHの高い方からpHの低い方に移動するであろうから(甲二一・五頁、甲二六・一一頁)、これが経時に従い、コンニャク糸条の芯部から外周表面に向かって移動しその濃度が傾斜的に変化することが考えられるが、はたして二層構造の接界面の内外でそのアルカリ濃度が断層的、二層構造に異なる状態に留まるかは疑問である(仮にグルコマンナンの密度に差が残るにしても、アルカリ濃度に変動が生じないことの確証はない。)。
したがって、イ号製品がはたして濃アルカリ性の芯部と希アルカリ性の表面層を二層構造として有するかは、この点でも、なお明らかとはいい難い。
4 以上検討の結果によれば、結局、イ号製品が本件発明の構成(一)を充足するとまでは認めるに十分でないという他なく、原告の本訴請求は、その余の点について判断するまでもなく、理由がないというべきである。
第五 結論
以上の次第で、原告の本訴請求を棄却した原判決は相当であって、本件各控訴は理由がないからこれを棄却することとして、主文のとおり判決する。
(口頭弁論終結日 平成九年一二月一八日)
(裁判長裁判官 小林茂雄 裁判官 小原卓雄 裁判官高山浩平は転補につき署名押印できない。 裁判長裁判官 小林茂雄)
目録
濃アルカリ性の芯部と希アルカリ性の表面層を有する約五〇本の概ね直径二mmの各コンニャク糸条が、外周の表面層を相隣接するコンニャク糸条の外周の表面層と接着し、かっ、繊維状態を保持して一体的に団結された概ね口径二cm、長さ五cmのコンニャク食品。
<19>日本国特許庁(JP) <11>特許出願公告
<12>特許公報(B2) 昭58-22185
<51>Int.Cl3A 23 L 1/212 識別記号 101 庁内整理番号 6904-4B <24><44>公告 昭和58年(1983)5月7日
発明の数 2
<54>繊維状団結コンニヤク食品及びその製造方法
<21>特願 昭56-43470
< >出願 昭56(1981)3月23日
<65>公開 昭57-155963
<43>昭57(1982)9月27日
<72>発明者 乾彰男
大東市北条2丁目5番13号
<72>発明者 乾隆男
大東市北条2丁目5番13号
<71>出願人 乾 治
大東市北条2丁目5番13号
<74>代理人 弁理士 安田敏
<56>引用文献
特開 昭55-68264
<57>特許請求の範囲
1 濃アルカリ性の芯部外周に希アルカリ性の表面層を有するコンニヤク糸条が、その表面層を相隣接するコンニヤク糸条の表面層に接着され、かつ、各コンニヤク糸条は繊維状態を保持して一体的に団結されてたることを特徴とする繊維状団結コンニヤク食品。
2 コンニヤク原料粉を水もしくは湯に浸漬して膨潤する工程と;該膨潤した原料粉を適量のアルカリ及び水と共に攪拌混練し混合糊状物を得る工程と;該混合糊状物をノズルを介して押出し糸条に成形すると共に、この押出成形された素コンニヤク糸条を、該糸条のアルカリ濃度よりも弱アルカリ性に調整した湯中に導き、該湯中に短時間保持して芯部のみを凝固せしめた半硬化コンニヤク糸条を得る工程と;該半硬化コンニヤク糸条を直ちに冷却する工程と;冷却保持した上記半硬化コンニヤク糸条を向きをそろえて重合せしめると共に、適宜加圧の下にその相接する表面層を互いに接着せしめて団結する工程と;該団結したものを弱アルカリ性に調整した湯中に浸漬保持し、その半硬化コンニヤク糸条の表面層を凝固せしめると共に仕上げる工程とからなることを特徴とする繊維状団結コンニヤク食品の製造方法。
発明の詳細な説明
本発明は、従来の団子状一体物からなるコンニヤク食品とは形態が異なり、あたかも糸コンニヤクを多数結束重合せしめた如き断面構造を有する新規なコンニヤク食品に関するものであり、その目的とする処は、食感、歯ざわりに優れ、煮炊時には煮汁をよく含浸して美味しく、同時に食生活にバラエテイを与える食品を提供せんとするものである。
以下本発明をその製造方法についてから説明する。第3図はこの製造工程を概略的に示している。周知のように、コンニヤク食品はコンニヤクイモ(主成分グリコマンナン)を原料にし、これに水を加えると膨潤して糊状とたり、アルカリを加えて加熱すると凝固(ゲル化)する性質を利用して製造されるものである。
しかして、その第1工程としては、水もしくは湯(25℃程度が適温)を貯溜した槽1に原料粉を投入浸漬せしめて、2時間程度放置し、原料粉が充分に含水した状態となるまで膨潤せしめる。この際の好適た配合例は、水もしくは湯300重量部に対して原料粉10重量部の如しである。
次にこの膨潤処理した原料粉は適量のアルカリ及び水と共にミキサー2に装入され、ミキサー2内で充分に攪拌混合しつつ糊状に混練される。ここまでの工程は、従来のコンニヤク食品のそれと別段差異はたい。但し、その膨潤原料粉とアルカリとの配合比には注意を要し、その好適な配合例としては上記膨潤原料粉(10重量部+含水量)に対して、石灰乳(石灰2重量部+水1重量部)0.45重量部の如しである。すなわち、石灰乳の添加量が原料粉に対して5%を越えると、次の糸条押出し工程で糸切れを生じ易く、その最終加圧成形工程においても保形性に劣り、かつ食品のニガミが増す問題点があり、他方4.5%よりも過少の場合では、泥状化して押出成形及びその糸条の取扱いに難があり、かつ食品の腐敗も早くなるため使用に耐えない。
上記の如くして得られた混合糊状物は、ノズル3を介して押出され、多数の細径素コンニヤク糸条4に成形される。この押出成形された素コンニヤク糸条4は引続き素コンニヤク糸条のアルカリ分よりも弱アルカリ性に調整した湯を貯溜する槽5内に導入される。この押出成形から湯中への素コンニヤク糸条4の導入処理工程は、従来の糸コンニヤクの製造工程とおおむね共通しているが、本法では素コンニヤク糸条4の湯中への浸漬を1分間程度の短時間内として、その芯部のみを凝固せしめた半硬化コンニヤク糸条6を得るようにする点で従来のそれとは根本的に相違する。
即ち、素コンニヤク糸条のアルカリ濃度よりも弱アルカリ性の湯中に素コンニヤク糸条を浸漬することにより、素コンニヤク糸条の表面層のアルカリ濃度が湯により希釈化され、該表面層のアルカリ濃度が芯部のアルカリ濃度よりも薄くたる。
従つてこのアルカリ濃度差により、芯部が表面よりも先に凝固し始めるのである。
このような目的とする半硬化コンニヤク糸条6を得るためには、上記の如く、その湯中への浸漬処理時間を適切に管理すると共に、処理湯の温度並びにPHを次のように調整するのが望ましい。処理温度については、70~75℃の範囲が好適であり、これは従来の糸コンニヤクの処理温度よりもやや低い。すなわち、70℃以下では芯部の凝固が図られず、後の加圧工程でコンニヤク糸条が団子状に圧着してしまう要因となり、一方75℃以上では表面層までも完全に凝固して、後の加圧工程によつてもコンニヤク糸条相互の接着が図れない要因となり、それぞれ好ましくない。またそのPHについては、10~11.5更に好ましくは10~11が適当であり、これは従来のそれよりもやや低い。すなわち、PH10以下の場合では、素コンニヤク糸条4の表面層のみならず芯部までもその石灰分が希釈化されて、目的とする半硬化状態が得られず(全体が未硬化状態となる)、一方PH11を越えると芯部のみならず表面層の凝固が促進されて後の加圧工程によつても接着が困難となり(糸条表面が製品状態に近くなり)、更にPH11.5を越えると石灰分過多の場合と同様に硬化し過ぎて糸切れを起し易く、使用に耐えない。従つて、芯部のみが凝固して表面層が未凝固の接着力に富む所期の半硬化コンニヤク糸条6を得るためには、上記のPHに調整することが望ましい。なお上記湯の温度及びPHは、素コンニヤク糸条のPH及び浸漬処理時間によつて種々の組合わせが可能である。また、槽5への素コンニヤク糸条4の導入にさいしては、それち相合のからみ合いをさけるため、槽5を迷路状に画成して、その規制的た順送り状態を確保するようにすることもできる。
このようにして得られた半硬化コンニヤク糸条6は、槽5から直ちに冷水を貯溜した槽7に移送される。この急冷処理の目的は、半硬化コンニヤク糸条6の凝固進行を停止させることにある。
しかして、上記冷却保持した半硬化コンニヤク糸条6は、適宜の型8に向きをそろえて重合堆積せしめた後、これを上万から加圧して数時間乃至数十時間保持する。このように加圧保持すると、半硬化コンニヤク糸条6は相接する未凝固の表面層が互いに接着し、ここに各糸条6は原形を保持しつつ一体的に団結する。
かくして得られた固形物9は、常法の最終処理に供すべく、湯を貯溜した槽10に移され、構成要素の未硬化コンニヤク糸条6の表面層の凝固完結が図られると共に、アクヌキ等固形物9全体の仕上げ処理が施される。なお、この最終処理工程は従来のコンニヤク製造工程におけるそれ、趣旨同条件で実施される。ちなみに、その条件1例としては、湯温80℃、PH11.5程度であり、その保持時間は固形物9の大きさ等によつて適宜に決められる。
以上のようにして製造される固形物即ちコンニヤク食品9の外観は第1図に示す通りであつて、多数のコンニヤク糸条10、10……が方向的に結束重合せられていると共に、相接するコンニヤク糸条同志はその表面層が互いに接着せられて一体的に団結している。第2図はその断面の様子を拡大して図示するものであり、コンニヤク糸条10、10……は各々独立して石灰分を充分に含有した芯部a、a……を有していると共に、その相接する表面層b、b……は石灰分が稀釈化されてコンニヤク素材自体により互いに接着して一体的に団結しており、かつコンニヤク糸条10、10……間にはところどころ空隙Cが存在する。
即ち、このコンニヤク食品は、糸条コンニヤクを団子状に一体物としたものではなく、各コンニヤク糸条が繊維状を保持して団結されたものであり、団結後のコンニヤクは、再度糸条に分解することが可能である。
このようたコンニヤク食品9を食せる場合では、各コンニヤク糸条10が独立した芯部aを有するものであるため歯ざわりよく快適な食感が満喫せ
るものであり、またこれを煮炊に供した場合につつては、煮汁がその空隙Cによく含浸して美味しい味覚を堪能でき、同時に又従来の団子状のコンニヤタ食品とは外観の様子が著しく異なり繊維状態を維持し、その斬新な美的外観から食慾を増進せしめる効能も期待でき、食生活のバラエテイ化に資するものとなり得る。
図面の簡単な説明
第1図は本発明に係るコンニヤク食品の外観を示す斜視図、第2図はその断面拡大図であり、第3図は本発明に係るコンニヤク食品の製造工程を概略的に示す図である。
1…槽、2…ミキサー、3…ノズル、4…素コンニヤク糸条、5…槽、6…半硬化コンニヤク糸条、7…槽、8…型、9…コンニヤク食品(固形物)、10…コンニヤク糸条、a…芯部、b…表面層、C…空隙。
第1図
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第2図
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第3図
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参考図1
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作成者 笹原敏司
特許公報
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